午後の授業は何だと潤に訊ねたら、選択授業とのことだった。俺は入学するまで何を選択するか決めてなくて、朝にも何を選択するのか担任の石橋先生に訊かれた。
 選択授業は美術、音楽、書道の3つから選ぶことになっていたが、朝の伊吹先生との会話で美術を選択すると自分の中では決まっていた。そのことを朝の内に石橋先生にも伝えていたので、5時間目の俺の授業は美術ということになる。
 美術の選択生徒はクラスの5分の2くらいで、潤の話だと一番人気なのは音楽で、次点が美術らしい。書道は何というか地味めなイメージが先行していて、一番の不人気らしい。
 ちなみに潤は俺と同じ美術で、斉藤は書道、それに名雪と香里は音楽らしい。香里が同じクラスなのは2時間目辺りまで気付かなかったけど。
「やっぱり美術を選んでくれたのね。先生嬉しいわっ」
 美術室に行き、潤の右隣に座る。授業開始の挨拶が終わると、真っ先に伊吹先生が俺の元に近付き、笑顔で話しかけてきた。何というか、秋子さん似の声で嬉しいなんて言われると、少し恥ずかしい。
「ところで、今の美術の課題は何ですか?」
 美術といっても一括りではない。例えば絵画や彫刻とした描く彫るで大別できる分野から、更に掘り下げた絵なら油絵や人物画、背景画など、とにかく多種多様だ。そのような様々なジャンルから一つを選んでいるのか、それともいくつかの選択肢を設けてその中から各々自由に選択できるようになっているかを訊ねた。
「そうね。今取り扱っているのは木細工ね」
「木細工? 版画でも作るんですか?」
「そうね。版画でも構わないし、北川君のように彫刻でも構わないわね」
「見ろぉ、祐一! 1/100ウッドモデルのGガンダムだぜ! どうだ、凄いだろぉ!!」
 伊吹先生が潤に話題を振ると、潤はまるで子供が自分のおもちゃを見せびらかすように、俺に自分の木細工をこれでもかとアピールしてきた。
「Gガン? それが!?」
 しかし、潤には悪いが、その木細工は言われて初めてGガンダムと辛うじて思える程度の、お世辞にも出来の良い彫刻ではなかった。
「分かっちゃいねぇな、祐一。お前も実際作ってみれば分かるよ、木細工がいかに大変かなってな。確かに形はプラモデルのGガンには遠く及ばないけど、稼動するように作っただけでも称賛に値するとオレは思うぜ」
「はいはい。でも、潤みたいなのもありなんですか、伊吹先生?」
 潤の自画自賛に呆れつつも、俺は伊吹先生に訊ね返した。潤の木細工は、形はともかくテーマは美術の授業に相応しくないのではないかと。
「ええ、もちろん。祐一君、浮世絵は知っているわね?」
「ええ、まあ」
「浮世絵は誕生した当時の江戸時代は、幕府から厳しい弾圧を受けていたのよ。風俗を乱すものだって」
「へぇ〜〜」
「でも今は立派な芸術として認められているでしょ。同じように、漫画やアニメも世間の目は厳しいけど、立派な大衆芸術だと私は思うわ。今ではサブカルチャー扱いだけど、数百年先には浮世絵のように国家的芸術として認識される時代が来るかもしれないしね」
 漫画やアニメのようなサブカルチャーも立派な大衆芸術だと伊吹先生は言う。俺は漫画やアニメはヲタクを自称するくらい好きだけど、芸術とまでは思ったことない。
 そんな自称ヲタクの俺でさえ芸術とは露ほども思わないものを芸術だと言い切る伊吹先生に、俺は美術の先生としての懐の広さを感じた。単に伊吹先生の第一印象だけで美術を選択したが、今の話を聞いて、この先生の元で美術を教わる道を選んで本当に良かったと俺は思った。



第壱拾参話「學舎に集いし妹達」


 6時間目終了後、俺は何気なく窓から見える赤レンガの方へ目を向けていた。赤レンガの一角に周りをベンチに囲まれ、ぽつんと生えている木。そこに1人の少女が立っているのが確認できた。
 こんな時間に、なんであんな殺風景な場所に立ち尽くしてるのだろうと、軽い興味を抱く。外見は私服姿なので、冬休み中の中学生が高校生の兄弟を迎えにでも来たのだろうか?
(ん? あの娘は……)
 よくよく少女を見ると、その少女はチェック柄のストールを羽織っていた。あの柄のストールどこかで見たことがあると思い、記憶を辿る。そして思い出した。あの娘は確か美坂栞、この間あゆがぶつかってその後公園で一緒にたい焼きを食べた子だ。
「祐一君、ちょっと話があるんだけど?」
「すみません、伊吹先生。ちょっと用がありますので、一旦席を外します。済み次第また戻って来ますので」
 伊吹先生が俺に声をかけて来たが、俺は栞が気になり、伊吹先生に一言断って一旦美術室を後にした。
「どうしたんだ? こんな所で」
 俺は赤レンガに降り、誰かを待ち続けているように校舎のほうを見上げている栞に声をかけた。
「えっ、あのっ、すいません……」
 学校の先生に見つかったとでも思ったのか、俺に声をかけられた栞は開口一番に謝り出した。
「いや、別に謝らなくても。こんな所でどうしたんだい、栞ちゃん」
「そっ、その声っ! ゆ、祐一さん……。どうしてここにいらっしゃるんですか!?」
 声の主が俺だと気付くと、栞はいきなり驚き出した。
「いや、何でって言われても、ここの生徒なんだけど」
「えっ、祐一さんも水瀬高校の生徒だったのですか……? 偶然再会したのが同じ高校だなんて、ドラマみたいですね」
「????」
 いまいち栞との会話が噛み合わなくて、俺はしばし困惑する。
「いやまあ、しかし、一度会っただけなのによく俺の名前を覚えていたな」
「はい。私、こう見えても記憶力がいいんです。祐一さんこそ私の名前覚えていてくれて、嬉しいです」
「しかし、こんな時間に私服で学校に来るだなんて、高校生の兄弟を迎えにでも来たのか?」
「はい、そんな所です」
 栞はやはり高校生の兄弟を迎えに来たようだ。この間会った時に15歳だと話したので、今は受験真っ盛りの3年生だ。高校受験を控え一分でも時間が欲しい今の時期に兄弟を迎えに来るとは、随分と兄弟思いの妹だと思った。
「けど、中学生や他の高校生いいよね、まだ冬休みで。水高は進学校で今日から3学期で大変だよ」
「そうですね。これからのこと考えますと、やっぱり休みは長いほうがいいですよね」
「だよねぇ。ってことは、栞ちゃんは休みが長い高校を受験するのかな?」
「はい? 何の話してるんです、祐一さん?」
「いや、栞ちゃんが今度の受験どこの高校を受けるかって話だけど……」
「どこをって、私も水高の生徒ですけど?」
「成程、栞ちゃんもやっぱり兄弟と同じ高校を……って、ここの生徒ぉ!?」
 俺は栞の言葉に一瞬耳を疑った。栞は確かに言った、”私も水高の生徒です”と。それは今度の受験で水高を受けるという意味ではなく、既に水高の生徒だという意味だ。てっきり俺は栞ちゃんが中学生で、水高に通っている兄弟を迎えに来たとばかり思っていたが、ひょっとして俺はとんでもない考え違いをしていたのかもしれない……。
「栞ちゃん、水高の生徒なら何で私服姿なのかな?」
 仮に栞が水高の生徒だとしたら、最大の疑問は何故制服ではなく私服であるかということだ。俺はその確信をついてみた。
「はい……。実は私が制服姿ではなく私服なのには重大な意味があるんです!」
「重大な意味?」
「祐一さん、私服警官って知ってます? 私服姿で一般人の中に入り込み、犯罪の隙を窺う私服警官の存在を……」
「私服警官? ま、まさかっ……!?」
「そのまさかですっ! 私の正体は私服姿で一般生徒の規律の乱れを探る、影の風紀員なのですよ!!」
「な、なんだってーー!?」
 信じられない……、まさか栞の正体が影の風紀員だったとは。しかし、これで全て合点がいく。栞は誰かを待っていたのではなく、私服姿で赤レンガから校舎内の生徒を監視していたのだ!
「なんちゃって。そんなわけないじゃないですか。第一みんなが制服姿だったら、余計私服は目立つじゃないですか。私服の時点で既に自ら風紀を乱していますし」
「そりゃ、百も承知だよ。栞ちゃんが冗談を言おうとしているから合わせただけだよ」
「ふふっ、祐一さんも『MMR』分かるんですね。ネタで意思の疎通ができて嬉しいです」
 栞がMMRネタで攻めようとしていたのは、重大な意味辺りで薄々感付いていた。その後の台詞回しで確信が持てたので、俺も栞のネタに付き合ったまでだ。
「けど、影の風紀員じゃないとしたら、何で私服なのかな?」
「はい。実は病気で、長い間学校を休んでいたんです。でも、どうしても会いたい人がいたんで、こっそり抜け出してきたんです。だから私服なんですよ」
「病気で長期欠席ねぇ。ひょっとして、体内のプリオンが暴走しちゃって狂牛病と同様の症状を患っているだとか、スーパーバグに感染しちゃったなんてことはないよね?」
「ふふっ、さすがにそれはありませんよ。ただの風邪です。ちょっと風邪をこじらせちゃって長期間休んでいたんですよ」
「風邪ねぇ」
 機動戦艦ナデシコの漫画版世界だと、特効薬のない風邪が一番の難病だなんて設定があったけど、現在の世の中で風邪が難病だという話は聞いたことない。だから、風邪で長期欠席というのも可笑しな話だと思ったけど、あまり人のプライベートに深く入り込むのも悪い気がしたので、それ以上は詮索しないことにした。
「ま、人を待っているんなら、俺はそろそろおいとまするよ」
 仮に待っている兄弟に栞の彼氏だと誤解なんかされたら話がややこしくなると思い、俺は伊吹先生を待たせていることもあって赤レンガを後にすることにした。
「じゃあな、栞ちゃん。機会があったらまた話そう」
「はい。またです、祐一さん」



「お待たせして申し訳ありませんでした、伊吹先生」
 俺は美術室に戻り、開口一番待たせてしまった伊吹先生に謝った。
「いえいえ、どう致しまして」
 伊吹先生は微笑するだけで、特に怒ったり苛立ったりしている気配はない。この辺りはさすがは教師というか、ますます秋子さんっぽい。
「それで伊吹先生、話というのは?」
「ええ。実は……」
 伊吹先生の話は、美術の課題に関することだった。今みんなが取り組んでいる木細工の課題は、昨年の10月辺りに提示された課題らしい。つまり、俺の開始時期はみんなより3ヶ月ほど遅れているということになる。
「別に授業は三年生まで継続だから今学期中に形にならなくても大丈夫だけど、やっぱりある程度形になっていたほうが評価はしやすいのよね」
 確かに、評価する側にしてみれば形になっていたほうが評価しやすいだろう。
「祐一君。クラブはどこに入るか決めたかしら?」
「はい。一応現代視覚文化研究会に入ろうかと思ってます」
 水高の学風の一つに文武両道があり、その思想に基き何かしらのクラブに必ず所属するのが校則となっている。正直、今から何かしらのクラブに所属しても、大会にも出られず補欠終わりが関の山だ。それならば大会などない文化部に入るのが無難だと思い、俺は昼休みの体験からげんしけんに所属する意思を固めていた。
「そう。私が顧問を務めている美術部に入る気はないかしら? もし美術部に入部すれば、部活動の一環として授業の課題を行っても構わないんだけど」
「う〜ん。お心遣いは嬉しいですけど、遠慮しておきます」
 伊吹先生自らのお誘いは物凄く嬉しいけど、正直美術部なんて高尚なイメージのある文化部は、自分には不相応だ。やはり自分にはげんしけんのようなヲタクオーラ全開のクラブの方が肌に合っている。
「そう。それは残念ね」
「ああでも、クラブ活動とは別に、個人的に伊吹先生のご指導は受けてみたいと思ってますよ。例えば、放課後一日おきに指導を受けるような形にすれば」
 それはお世辞ではなく本心だった。実の所、今日の授業ではまったく何を作ったらいいのかアイディアが思い浮かばず、形すらなっていない。このままだと今学期中に形にすらならない危惧がある。このまま形にならずに三年生に持越しよりは少しでも形になった方が気分もいい。だから、個人的に伊吹先生のご指導を受けるのはまったく構わなかった。
「そう。嬉しいわ」
 俺が個人的に指導を受けたいといったら、伊吹先生はにっこりと微笑んでくれた。何というか、この秋子さん似の声で頼まれたり微笑まれたりすると、断るものも断れない気がしてならない。
「でも、放課後ご指導を賜るのはいいとして、場所はどうすればいいんでしょう? 美術室は美術部が使うでしょうし」
 俺は肝心の指導場所を訊いた。放課後にクラブ活動の合間を練って指導を受けるのはいいとして、この美術室で指導は受けられないだろう。それならば、どこで指導を受ければいいのだと。
「そうね。第二美術室なんてどうかしら?」
「第二美術室?」
 伊吹先生の話によれば、文化部長屋に美術室には置き切れない美術用品の保管庫状態になっている第二美術室があるらしい。そこは美術部員がたまに離れのアトリエとして使用するくらいの部屋なので、作業を行うには格好の場所とのことだ。
「文化部長屋にあるならげんじけんにも近いですし、その場所で構わないですよ」
 こうして俺は、文化部長屋にある第二美術室で伊吹先生の個人的な指導を受けることになった。
「ああそうだ。伊吹先生、一つ訊きたいことがあったんですけど」
 去り際、俺はふと思い出したことを伊吹先生に訊ねた。
「何かしら、祐一君」
「朝言ってましたよね? 目を閉じれば今でも俺があの子と一緒に遊んでいた姿を思い出すって。そのあの子って誰です?」
 春菊さんが生きていたのは今から10年前、そんな昔に俺は伊吹先生と会ったことがあって、そしてそこにはもう一人子供がいたらしい。
 では、あの子とは一体誰を指しているのだろう? あの子が誰か分かれば、伊吹先生と会っていた時の記憶を思い出すかもしれない。そう思い、俺は伊吹先生に訊ねてみた。
「覚えていないかしら? 川澄舞かわすみまいちゃんのこと」
「川澄舞?」
 伊吹先生の口から出た”あの子”の名。しかし、記憶を辿る限り、川澄舞という名に心当たりはない。今確実に分かるのは、名前からしてその子が女の子であるということくらいだ。
「覚えていなくても無理はないわね。もう10年も前のことだから。舞ちゃんはね、今はこの学校の3年生で、私のクラスの子よ。もし機会があれば今度紹介するかしら?」
 そして、伊吹先生の口から、舞という少女が自分より一歳年上の先輩で、伊吹先生が受け持っている子であることが判明した。
「そうですね。機会があれば今度紹介願います。では」
 学校が同じならば、いつでも会える。そう思い、俺はいつか紹介してもらうことを伊吹先生に頼み、美術室を後にした。



(しかし、伊吹先生もせっかちだなぁ……)
 去り際、指導を受けるなら早い時期に始めたほうがいいと、早速今日の放課後から指導を受けることになった。伊吹先生は美術部に顔を出してから第二美術室に向かうから、その前には第二美術室に行っていて欲しいとのことだった。
「ここが第二美術室か」
 文化部長屋に入り、第二美術室を探す。すると、一番手前の部屋に「第二美術室」というプレートがかかっているのが確認できた。
「失礼しま〜す」
 誰もいないだろうが、一応断っていたほうがいいと思い、俺は一言言って部屋に入っていった。
「えっ!?」
 誰もいないと思っていた第二美術室。しかしそこにはせっせと何かの作業に勤しむ少女の姿があった。一体何を作っているのだろうかと、少女の手元をよくみる。少女は彫刻刀を使って何やら星形の木細工を彫っているようだった。題材は自分と同じようだから、俺と同じく個人的に伊吹先生の指導を受けている生徒だろか。
 しかし、その少女は制服姿ではなく、私服だった。それに背格好も高校生にしては小柄だ。
(ま、栞の例もあるし、諸事情で学校に来られない生徒がこっそり指導を受けているのかもしれないな)
 第一学校に関係のない者が第二美術室で作業に取り込んでいるほうが不自然だし、栞みたいな立場の生徒と考えるほうがまだ自然だ。
「やあ、君も伊吹先生の指導を受けている生徒かい?」
「っ!?」
 ズサササ……。
 少女は俺の声に反応すると、まるで何者かに脅えるが如く、部屋の端っこに逃げ出した。
「おい、どうしたんだよ?」
「……っ!?」
 ズサササ……。
 少女に近付こうとしたら、今度は対角線上の部屋の端っこに逃げ出した。
「おいたっら……」
 ズサササ……。ズサササ……。
 その後幾度となく少女に近付こうとするが、その度に少女は部屋の隅っこ、隅っこへと逃げ出していく。何と言うか、さながらメタルスライムを追っている勇者様一行の気分だ。
「なあ、どうしてそんなに逃げるんだ?」
 このままでは埒が開かないので、俺は仕方なく離れた場所から少女に声をかけることにした。
「……どうして、どうして風子ふうこの苗字を知ってるんですか……?」
「えっ!?」
 開口一番風子と自ら名乗る少女は、意味不明な問い掛けをしてきた。
「いや、俺はただ伊吹せ……」
「……っ!?」
 ズサササ……。
 伊吹先生の名を出そうとした瞬間、少女は再び逃げ出した。
「ま、また風子の苗字を言いましたね……? ひょっとして風子がどこの家の子か丹念に調べ上げて、風子が一人になっているところを襲おうとした誘拐犯ですか……」
「……」
 何で見ず知らずの少女に誘拐犯扱いされなければならないんだ。俺は少女のあまりな言動の奇妙さに、言葉を失ってしまう。
「祐一君、来てるかしら〜〜」
 そんな時、伊吹先生が第二美術室に姿を現した。
「伊吹先生、いい所に……」
「おねぇちゃん……!!」
 伊吹先生が現れると、風子はお姉ちゃんと言いながら伊吹先生の元へとはぐれメタルの如く駆けていった。
「ふぅちゃん、どうしたの? こんな所で」
「冬休みの宿題がうまく作れないから、また夏休みみたいにおねぇちゃんに教えてもらおうと思ったら、いきなりヘンな人が部屋の中に入ってきましたっ」
「誰がヘンな人だ、誰が」
 いやまあ、ヲタクであることは認めるけど、さすがにヘンな人と呼ばれていい気分はしない。俺は伊吹先生の後ろに隠れながら俺を変人扱いして指差す風子に、思わず言い返した。
「大丈夫よ、ふぅちゃん。この人はおねぇちゃんの恩師の甥で、相沢祐一君って言うのよ。おねぇちゃんの知り合いの人だから大丈夫よ」
「そうでしたか。おねぇちゃんの知り合いなら風子も安心できそうです」
 俺の素性が分かって、ようやく風子は伊吹先生の後ろから姿を現した。
「ごめんなさい、祐一君。ふぅちゃん人見知りで……」
「いえ、別に構わないですよ。いきなり声をかけた俺も悪いですし」
 恐らく風子は伊吹という苗字を出されて、てっきり見ず知らずの人に自分が呼ばれたのだと勘違いしたのだろう。人見知りの性格を考えれば、それで俺を必要以上に警戒したのも頷ける。
「祐一君、申し訳ないんだけどふぅちゃんと一緒に教える形になるけど、構わないかしら?」
「ええ、俺は別に構いませんよ。ただ、風子ちゃんがいいかどうかですけど」
 成り行きとはいえ、伊吹先生の妹が来たなら、一緒に教わるのを断るわけにもいかない。それはそれでいいとして、問題は人見知りな風子が俺と一緒にいるのを受け入れるかどうかだ。
「……まだかんぜんに信用したわけじゃないですけど、おねぇちゃんの知りあいならたぶん大丈夫です」
 まだ完全に警戒が解けたわけではないようだけど、一応は受け入れてくれるようだ。そんな訳で俺は、風子と一緒に伊吹先生の特別指導を受けることになった。小、中学生の冬休みが終わるまであと一週間ほど。それまでに風子が俺への警戒心を完全に解いてくれることを願うばかりだ。

…第壱拾参話完


※後書き

 ブログやら立ち上げてまして、前回の更新より間が開いてしまいましたね。
 さて、今回風子が登場したのですが、登場の仕方がやや強引だったかなと。最初は学校帰りに第二美術室に寄ったという設定にしようと思ったのですが、時系列的に中学校はまだ冬休みなのですよね。
 それで、「冬休みの課題を姉である公子さんに教えてもらおうとして訪れた」という設定に。いえ、中学校で冬休みに美術の宿題が出ると言うのも可笑しな話ではあるのですが(笑)。
 ちなみに、今回は有紀寧も出そうと思ったのですが、枚数の関係で出せませんでした。なので次回に出そうと思います。これで舞の登場がまた遅れますね(苦笑)。

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